2018年4月14日土曜日


牧師の日記から(157)「最近読んだ本の紹介」

奥泉光『雪の階(きざはし)』(中央公論社)著者の奥泉さんはICUの大学院で旧約聖書学を学ぶ研究者だった。その頃に並木浩一先生に紹介されて会っている。その後作家に転身し、『石の来歴』で芥川賞を受賞して、今では中堅の文学者として活躍している。その作品のすべてを読んでいるわけではないが、重厚な文体と常に新規な問題意識に富んだ小説を書き続けている。この小説も600ページ近い大作で、五・一五事件の直前の時代を舞台に、ある華族の娘を主人公とするミステリー仕立ての大作。冒頭の練りに練った古風な文体と登場人物の現代的な会話がちぐはぐで、当初は違和感があった。しかし主人公の友人の心中事件の真相を探るという謎解きに引きずられて読まされてしまった。ただ、その当時の美濃部達𠮷の天皇機関説をめぐる議論の趨勢が描かれていて興味深かった。

荒井献『キリスト教の再定義のために』(新教出版社)90歳になる荒井先生の同伴をボランティアでしている常盤陽子さんを通して頂いて恐縮した。著作集刊行後の講演やエッセーなど、単行本に収録されていないものが集成されている。政治学者の三谷太一郎さんが近著で「老年期の学問」について書いているが、荒井先生のこの本にも同じような感想を抱いた。若い時期の学問は、専門的であるが故に各論に集中するが、老年期の学問は総論的(general theory)であり、またプロとアマとの交流が不可欠とされるという。その点、荒井先生は所属するまぶね教会の仲間たちとの交流がその「老年期の学問」を支えているのではないか。

宮原守男『信仰・希望・愛』(教文館)著名なクリスチャン弁護士である著者のエッセー集。今年で91歳になるが、今も現役で、先日キリスト教会館の法務問題で相談に伺った際に頂いた。これまでの弁護士人生の実体験が紹介されていて一気に読んだ。中でも、ロッキード事件の全日空側の弁護士としての経験が面白かった。浅野順一先生から薫陶を受け、北村徳太郎のお嬢さんと結婚し、教文館や聖書協会、日本基督教団の顧問弁護士を長く続けている。キリスト教界の裏の話しに通じていて、じっくり聞き書きをしなければならないと考えている。

曾野綾子『夫の後始末』(講談社)友人から勧められて読んだ。曾野さんの小説は初期の作品に目を通しているだけで、肌に合わずにほとんど読んでいない。ただ友人のトラピスト修道会の神父と曾野さんとの共著を読んだことがあり、そのカトリックの信仰理解が気にはなっていた。この小さな本は、夫・三浦朱門の老後の看取りと死をめぐる顛末を週刊誌に連載したもので、曾野さんらしいはきはきした文体で、一本筋の通った生き方に惹かれる人も多いのだろう。

エドワード・D・ホック『怪盗ニック全仕事⑤』(創元社推理文庫)このところ学術的な研究書や大作を何冊も平行して読んでいたので、肩の凝らないものをと思って読んだ。価値のない物しか盗まないという泥棒が、不可能と思える難題を次々に解決する一種のファンタジー。EQMMに連載した短編集の新訳で、半分ほどは以前にも読んでいるが、中身はすっかり忘れていた。(戒能信生)

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