2017年8月12日土曜日

牧師の日記から(122)「最近読んだ本の紹介」
 石垣りん『ユーモアの鎖国』(ちくま文庫)茨木のり子さんの『詩のこころを読む』でこの詩人を知った。小学校卒業後、家庭の事情で戦前の日本興業銀行に勤務し、生涯独身で停年まで勤めたこの女性詩人の生活とたたずまいが淡々と書かれている。女性として、勤め人として、そして詩人として戦後の日本社会への凝視から紡ぎだされたその硬質な詩には、独特の光彩があるように思う。
谷川俊太郎編『まど・みちお詩集』(岩波文庫)まどさんの詩は、全詩集も、井坂洋子編も持っているが、谷川俊太郎の編集と解説でどのように編纂されているのか興味があって手にした。私は現代詩をほとんど読まないが、まどみちおの詩だけは繰り返し読んで来た。教会学校での子どもたちへのお話しの中でも何度も引用して来た。なにより分りやすいし、その一種の創造論信仰が素直に歌われていることに感動する。敢えて言えば、贖罪信仰一本槍の信仰ではない創造神に対する感謝と謙虚さが、多くの人々、そして子どもたちを惹きつけるのだろう。
黒川知文『ロシア・キリスト教史』(教文館)ロシア正教会のことはいつも気になっていた。明治前半期に日本に派遣された宣教司祭ニコライの生涯にも関心があって、その『日記』を拾い読みしたし、谷中墓地のニコライの墓を訪ねたこともある。ニコライ堂を訪問し、北原神父から正教会の歴史について伺ったことも印象に残っている。そのロシア正教会の歴史を本書は概説してくれる。東方教会からスラブに伝播し、「タタールの軛」を経てロシア帝国下で独自の発展をした歩み、特に数々の分離派の動向やイコン信仰、そしてヘシカスムという神秘主義にも興味を惹かれる。ロシア革命以降の共産主義政権下での受難の歴史、ペレストレイカを経て、現在の正教会の現状まで、錯綜したその歴史を読んで、複雑な読後感だった。ヨーロッパにおける教会と国家の関係とは全く異なる課題がそこに提起されている。友人の宗教ジャーナリストから聞いたのだが、ロシア正教では、司祭の妻帯が許されている。但し、幹部にはなれず、シベリアなどの地方の困難な地域に赴任するのだという。ところが、中央の幹部が政権と癒着して堕落するのに対し、地方の妻帯司祭の子息の中から、常に改革派が生まれるのだという。一筋縄では括れない正教会の歴史を垣間見る思いだった。

呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』(中公新書)織田信長以降の戦国時代については、テレビ・ドラマや小説でたびたび取り上げられるので、その興亡の全体像は知られている。しかしその直前の室町期についてはほとんど知られていない。応仁の乱によって守護大名が各地に分散・勃興し、それが戦国時代につながって行くのだが、室町期と応仁の乱について、最近の研究動向も踏まえて概説してくれる。初めて名前を聞く貴族や武将、そして僧侶たちの名前が次々に出て来て、かなり忍耐をもって読まなければ読み通せない。よくこんな本がベストセラーになったと思う。ただ、大きな物語が終わった後の崩壊過程と混迷が、どこか現在と通底するところがあるのかもしれない。(戒能信生)

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