2017年8月26日土曜日


牧師の日記から(124)「最近読んだ本の紹介」

 相馬伸一『ヨハネス・コメニウス 汎知学の光』(講談社選書メチエ)コメニウスの名前は、教育学の祖としてしか知らなかった。ただチェコの神学者フロマートカが所属した神学校が、戦後、フス神学校からコメニウス神学校と改称したことが気になっていた。そのコメニウスの生涯についてこの国でほんと初めて紹介した本書を読んで、コメニウスが宗教改革の先覚者ヤン・フスの系統を継ぐ兄弟団の指導的牧師であり、30年戦争で故郷を追われ、ヨーロッパを転々として、最後はオランダで客死したことを初めて知った。たまたまアルフォンス・ミュシャ(ムハ)の連作絵画「スラヴ叙事詩」が国立新美術館で展観され、羊子が図録を買って来た。その中に、「ヤン・アーモス・コメンスキー(コメニウス)のナールデン(オランダ)での最後の日々」があるのを見出した。祖国を追われ、しかし宗教的和解の希望を抱き続けたコメニウスの最後が崇高に描かれている。彼は、チェコのプロテスタントを代表する指導者であり、エキュメズムのパイオニアとも言うべき神学者であった。今年は宗教改革500年でその関連の催しが盛んに開かれているが、もう少し広い視野で宗教改革史を見なければならない。

近藤康史『分解するイギリス 民主主義モデルの漂流』(ちくま新書)昨年6月のイギリスの国民投票によるEU離脱(Brexit)について、この国のマスコミでは主に経済的な影響を懸念する論調が多かった。しかしこの書物は、議会制民主主義のモデルとされてきたイギリスの制度やシステムが様々な点で分解しかけている事実から検証している。つまり、価値観の多様化によって二大政党制は崩壊しかけており、政党内の対立によって政党の一体性は弱まり、議会多数派の意向と国民意識との乖離が進行しているという。このような現象はこの国でも平行しているのではないか。例えば原子力発電の継続について、世論調査では国民の大多数が否定的であるのに対し、国会議員の多くは存続すべきと考えている。憲法改正についても同様だ。つまりイギリスで起こっているシステムの溶解は、この国でも着実に進行しており、その先にはそれこそポピュリズムや偏狭なナショナリズムの横行が懸念される。貧富の格差の拡大はそれに拍車をかけるだろう。民意を反映する政治という議会制民主主義の本質が問われているようだ。
 渡辺尚志『百姓たちの山争い裁判』(草思社)江戸期から明治期にかけて各地の入会地をめぐる訴訟を、残されている資料を読み解いて解説してくれる。肥料や燃料の供給源として農民には不可欠だった山林は、しかし所有者がはっきりせず、村落共同体の共用地とされていた。その使用権や帰属をめぐる紛争は、最初の武力的衝突から、次第に藩や幕府に訴えて裁判に持ち込まれるようになる。その膨大な訴訟資料から、当時の農民の生活や意識を読み取ることができる。また国土の七割を占めるこの国の豊かな山林はこうして守られたのだという。この入会権については、私の遠い親族にあたる法律家の戒能通孝氏が学問的にも、また実際の小繋事件の訴訟でも活躍したので関心があった。(戒能信生)

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