2017年5月27日土曜日

牧師の日記から「最近読んだ本の紹介」(111
 ウンベルト・エーコ『パウドリーノ 上下』(岩波文庫)読み逃していたエーコの小説が文庫化されたので読んだ。中世の十字軍の時代、東方にプレスター・ジョン(祭司ヨハネ)が支配する理想のキリスト教国が存在するという伝説があった。この伝説を大枠として、神聖ローマ皇帝フリードリッヒの養子パウドリーノという架空の人物を主人公に、皇帝の右往左往や十字軍の実態、聖遺物や当時の神学論争の荒唐無稽さをエーコ流に徹底してパロディー化している。西方教会から異端として追われたネストリウス派を初めとする多様な神学が、プレスター・ジョンのもとで、怪物として生き延びているという想定が面白かった。
 中原一歩『小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る』(文芸春秋)主婦料理家としてテレビなどで活躍した小林カツ代がクリスチャンだったことは知っていた。その生涯にキリスト教がどういう関わりがあったのか知りたいと思って、この伝記を手にした。しかし残念ながら、肝心のカトリック信仰との関わりについてはほとんど触れられていない。ただ、『料理の鉄人』というテレビ番組で、プロの料理人を負かした「肉じゃが」のレシピは、簡単でかつ美味しそうなので今度作ってみようという気持ちにさせられた。
 宮下正昭『聖堂の日の丸 奄美カトリック迫害と天皇教』(南方新社)戦時下の奄美大島で、カトリック教会が極端な弾圧を受けたことはあまり知られていない。当時の新聞記事や関係者の証言を交えながら、大島女学校というカトリックの女子高が廃校に追いやられた経緯、カトリック司祭や信徒たちがどのような迫害にあったかを詳細に追っている。奄美諸島は、入江ごとに礼拝堂があるほどカトリックの盛んな地域だが、陸軍の要塞があり、軍の要請を背景に、離島ゆえの閉鎖社会で排撃運動がエスカレートしていったという。外国人宣教師をスパイ呼ばわりする当時の風潮と、テロを未然に防ぐという口実のもと共謀罪が衆議院を通過する現在とを重ねあわせて、歴史に学ぶ大切さを改めて考えさせられた。

 三野和惠『文脈化するキリスト教の軌跡 イギリス人宣教師と日本植民地下の台湾基督教長老教会』(新教出版社)京都大学に博士論文として提出された学術書。台湾と日本の教会の交流史についてはかねてから関心があったので、7000円もするこの大著を神学校の図書館から借り出して拾い読みした。1930年代、日本に留学した牧師たちを通して、バルト神学が台湾長老教会の一部に紹介されていたことなど、初めて知ることがたくさんあった。特に、イギリス人宣教師キャンベル・N・ムーディの活動と思想を手がかりに、戦後台湾の指導的な神学者・黄彰輝を介して、1980年代以降の台湾長老教会の政治的な路線をつなげて(文脈化)いるのが興味深かった。ただ、1970年代から80年代にかけて、黄彰輝の後継者としてWCCWARCなどで活躍した宗泉盛(C.S.Song)についての言及が全くないのはバランスを欠いているのではないかと気になった。(戒能信生)

0 件のコメント:

コメントを投稿