2017年2月10日金曜日

牧師の日記から(96)「最近読んだ本の紹介」
 カルロ・レーヴィ『キリストはエボリで止まった』(岩波文庫)イタリア文学には全く疎いのだが、題名に惹かれて手に取った。1935年、ファシスト政権によって逮捕され流刑処分を受けた著者の実体験をもとに書かれたドキュメント。この作品が、戦後イタリアのネオ・リアリズム運動に大きな影響を与えたとのこと。南イタリアの僻村に流刑された芸術家が、貧困にあえぐ民衆と触れ合う経験が活写されている。流刑によって社会と遮断されないで、かえってファシズムからも疎外されている僻地の貧しい民衆の生活がイキイキと描かれている。
芳川泰久『坊ちゃんのそれから』(河出書房新社)夏目漱石の『坊ちゃん』のその後を描いた小説。明治中期から後半期の世相の転変の中で、山嵐は社会主義者に、坊ちゃんは街鉄の運転手から刑事になるという奇想天外な展開。文学作品としての価値はともかく、番町教会の植村正久やキングスレー館の片山潜、幸徳秋水や大杉栄までが登場する。つまり坊ちゃんの青春が、その後の明治後半期の時代においてどのように蹉跌していくかをテーマとしている。興味深いのは、明治3610月の(日露開戦に対する)非戦論演説会が本郷中央会堂で行われ(著者はこれがメソヂスト教会であることに気付いていない)、361月に神田の基督教青年会会館(YMCA)で社会主義大演説会が開かれていること。これは単に会場提供にとどまらず、明治半ばの時期のキリスト教が社会主義思想とも隣接していたことを示している。にもかかわらず、日清・日露戦争、そして大逆事件を経て、キリスト教会からはそのような側面は払拭されていく。
林俊雄『スキタイと匈奴 遊牧の文明』(講談社学術文庫)騎馬遊牧民の歴史を分かりやすく解説した入門書。従来はヘロドトスや司馬遷等の僅かな記述によってしか知られなかった騎馬遊牧民の生活と文化が、最近の考古学的研究の成果を盛り込んで紹介されている。歴代の中国政権が万里の長城を築いて防ごうとした匈奴、古代ローマ帝国を亡ぼしたゲルマン民族の大移動の背後にあったフン族の西進、その源流に騎馬遊牧民スキタイの文明が存在したという。現在ヨーロッパに押し寄せている難民の流入は、これからの社会にどのような変貌をもたらすのだろうか。草原に消えた騎馬遊牧民の痕跡は、今も様々なことを考えさせる。
W・K・クルーガー『ありふれた祈り』(ハヤカワ文庫)ミネソタの田舎町の牧師の家庭に起こった悲劇が、13歳の少年の眼を通して描かれる。ミステリー小説の形を取りながら、1960年代初頭のアメリカの田舎と牧師館の生活が浮かび上がる。私も牧師館に育ったので、読んでいて息苦しくなるほど思い当たる節があり、途中で何度も読むのを中断した。しかしエピローグに至って、この手の小説にしては珍しい清々しい読後感だった。一読をお勧めする。

齋藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』(岩波書店)『図書』の連載を新書化したもの。文庫の解説を読み比べて、それを批評するという着想が秀逸。文庫解説がしばしば著者への追従として書かれているという指摘は鋭い。(戒能信生)

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