2017年12月10日日曜日


017年12月17日 午前10時30分

待降節第3主日礼拝(No36

      司式 荒井  眞   

    奏  黙 想        奏楽 向山 康子

招  詞  93-1-46

讃 美 歌  242(1、2、3節のみ) 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編123・1~4 

讃 美 歌  127

聖書朗読  イザヤ書9・1-6

      ルカ福音書1・39-56

祈  祷

讃 美 歌  178

説  教  「マリアの賛歌」

  戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  175

使徒信条  (9341A

献  金             戒能 直子

報  告

頌  栄  92

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・橋本悠久子、奏楽・向山康子

・礼拝後、お茶の会

・クリスマス・カードにご署名ください(印刷室に用意してあります)。


2017年12月9日土曜日


牧師の日記から(139

123日(日)待降節第一主日礼拝。今年のアドベントはルカ福音書のクリスマス物語を学ぶことにし、この日は1525の講解説教。ルカのクリスマス物語は、エリサベツとゼカリアの老夫婦に子どもが産まれるという天使の告知から始まり、222以下ではシメオンと女預言者アンナという二人の老人が幼な子を祝福する記事で締め括られている。通常のページェントには登場しない老人たちに囲まれてルカのクリスマス物語は構成されていることになる。そして彼ら彼女たちこそが「主の眼に留められた人々」とされているのだ。礼拝後、アドベント全体祈祷会で祈りを合わせる。定例長老会ではクリスマス諸集会の準備を話し合った。夜は羊子の誕生日ということで、家族が集まって一緒に食事。嘉信がPCのルーターを取り換えてくれて、メール通信が安定した。謙にはNCAの集会案内を作成してもらう。IT環境の整備ついては息子たちの応援がありがたい。

4日(月)『時の徴』の次号に掲載する総目次の作成と購読者からの寄稿を編集してメールで送稿。午後、信濃町の慶応病院に妹の真理を見舞う。明日髄膜腫の摘出手術を受けるのだ。左内耳に近いところ出来た直径2センチの良性腫瘍だが、様々な神経が通っており、手術時間がなんと10時間かかるという。聖書を読んで、明日の手術のために祈る。帰宅して準備し、夜は日本聖書神学校の授業。

5日(火)『時の徴』の井上良雄先生の小説教の文字起こしの作業。午後、慶応病院に。ひたすら手術が終わるのを待っている真理の娘・菜穂子と夫・金斗鉉さんを、直子さんの煎れてくれたコーヒーを持って陣中見舞い。彼は画家で、長く『信徒の友』の表紙を描いていた。来年、聖書に題材をとったまんが絵本シリーズを出版するそうで、ネームを見せてもらった。第一回はノアの箱舟の物語で、楽しく面白い。箱舟にトイレがあるのが秀逸。夕方帰宅して仕事をしているところに連絡があり、手術は無事に終了したとのことでホッとする。

6日(水)午前中、聖書を学ぶ会で申命記の聖書研究。午後は在宅で、『時の徴』の原稿と編集作業、明日のNCA運営委員会の記録とアジェンダ作り。

7日(木)午前中、郵便局に寄り、対外献金とクリスマス献金を送る。その足でNCA事務所へ。印刷や発送作業。午後から運営委員会で来年度の企画についても協議する。夜は東京バプテスト神学校の授業。

8日(金)朝9時前の新幹線で軽井沢へ。興望館沓掛学荘の職員礼拝で奨励。午後は佐久平の老人施設に入所している保志治子さんを見舞うつもりが、この日は病院に行く日で都合が悪いとのこと。思い立って長野まで足を延ばし、友人の今井敬隆牧師を訪ねる。長く牧会した東美教会を昨年隠退し、故郷で暮らしているのだ。牧師の隠退後の日々について聞き、周囲の邪魔にならないようにしているとのことで、つくづく考えさせられた。雪のちらつく中を、夕方帰宅。

9日(土)明日の礼拝や週報、長老会報告などの作成と印刷。午後、直子さんと一緒に慶応病院に真理を見舞う。経過は順調のようだ。(戒能信生)

2017年12月3日日曜日


017年12月10日 午前10時30分

待降節第2主日礼拝(No35

      司式 石井 房恵   

    奏  黙 想        奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-46

讃 美 歌  242(1、2節のみ) 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編122・1~9 

讃 美 歌  235

聖書朗読  イザヤ書7・13-17

      ルカ福音書1・26-38

祈  祷

讃 美 歌  275

説  教  「Let it be  お言葉どおり

この身になりますように」

  戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  504

使徒信条  (9341A

献  金             大森 意索

報  告

頌  栄  92

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・野口洋子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

・婦人会例会(於・ホール)「旧約聖書の女性たち」戒能牧師

・クリスマス・カードにご署名ください。

2017年12月2日土曜日

牧師の日記から(138
1126日(日)教会学校の子どもたちと一緒に収穫感謝の合同礼拝。子どもの祝福で、「ぶどうとイチジクの木の下で安らかに暮らす」という列王記55のイメージについて話す。教会の庭の柿もイチジクの木も、何の手入れも世話もしないのに、毎年おいしい実が豊かに実る。ただ神の恵みに信頼して安らかに暮らす生活がイスラエルの人々にとって理想の生き方だったのだろう。礼拝説教では、出エジプト記の「海の奇跡」(14531)を取り上げる。礼拝後はCS教師会と週報等の発送作業。
27日(月)『時の徴』の次号は150号で、創刊40年に当たる。それでこれまでの総目次を掲載することになり、その校正作業。40年というのは、私自身の牧師としての歩みとほとんど重なっている。まだ30台だった頃の未熟な自分の文章を読み直して、よくここまで歩んで来れたと感慨を新たにする。夜は日本聖書神学校の授業。賀川豊彦についての学生たちのリーディング・レポートを聞く。
28日(火)午前中、緑陰書房の編集者南里知樹さんが訪ねてくる。もう何年も前から、満州開拓基督教村の資料集を編纂する約束になっており、全三巻で来年秋頃出版の予定という。そのための解説の原稿を夏頃までに書かねばならない。もう来年の仕事が次々に入ってきている。午後はひたすら『時の徴』の総目次の作業。夜は丹絵理加さんの受洗準備会でマルコ福音書を一緒に読む。
29日(水)午前中、聖書を学ぶ会。この日は申命記の911章の一部を拾い読みして、申命記の信仰を探る。午後、『時の徴』の「購読者の声」を編集しているところに、京都から電話があり、友人の高野清弘さんが今朝亡くなったという知らせ。甲南大学の政治学の教授で、若い頃からの勉強仲間。遺書に私に葬儀を頼むとあったそうで、やむなく引き受ける。明後日に告別式ということで、急に慌ただしくなり、『時の徴』の原稿類は来週に回してもらうことにする。野口倢司さんが作成してくれたクリスマス・カードに聖句を印刷し、宛名書きをする作業、定例長老会のアジェンダを作り、長老の皆さんにメールで送付。
30日(木)午後からNCAの事務所に行き、会館管理組合の仕事と封筒などの印刷作業。そのまま夜は茗荷谷の東京バプテスト神学校の授業で山室軍平について講義。帰宅後、明日の葬儀説教の準備と告別式のプログラム印刷。遺書にあったアウグスチヌスの言葉 “Vita est mors vivens” の定訳が分からず往生する。「人生は死を生きること」くらいに訳すのだろうか。
121日(金)朝9時前の新幹線で京都へ。京都駅で乗り換えて長岡京市の葬儀社で、高野清弘さんの告別式。その後三十三間堂近くの京都斎場で火葬。火葬や収骨の仕方が東京とは微妙に違うのが興味深い。その待ち時間にきつねうどんをご馳走になる。それが予想以上に美味しかったのに驚く。

2日(土)今週はタイトだったので、この日は少しのんびりする。一日在宅で、週報づくりと明日の説教の準備。いよいよアドベントの季節に入る。(戒能信生)

2017年11月26日日曜日

017年12月3日 午前10時30分
待降節第1主日礼拝(No34
     司式 橋本  茂   
    奏  黙 想       奏楽 内山 央絵
招  詞  93-1-46
讃 美 歌  242(1節のみ) 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編121・1~8 
讃 美 歌  240
聖書朗読  イザヤ書2・1-6
      ルカ福音書1・5-25
祈  祷
讃 美 歌  462
説  教  「主の眼に留められた人々」
 戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  525
使徒信条  (9341A
献  金  対外献金(北海教区岩見沢教会雪害対工事を覚えて) 梅本 順子
報  告
頌  栄  92
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校 お話し・戒能牧師、奏楽・内山央絵
・礼拝後、アドベント全体祈祷会(司会・橋本茂)
・お茶の会
・定例長老会

・今年の教会からのクリスマス・カードが出来ています(野口倢司さん作成)。会堂横の印刷室に用意してありますので、なるべく多くの方が、一言添えてご署名ください。

2017年11月25日土曜日

牧師の日記から(137
1119日(日)主日礼拝。マタイ福音書7712の講解説教「求めよ、さらば与えられん」。この言葉を握りしめるようにして苦難の生涯を歩んだ一人の女性のことを紹介する。そして神の計画に私たちの祈りがどのように関わるかについて、K・バルトの『和解論』の理解についても短く触れる。礼拝後、オリーブの会では、石井房恵さんが作ってくれたカレーを一緒に頂きながら、「超未熟児医療の現場から」と題する大森意索さんの発題。長年、都立病院で未熟児医療に携わって来た大森さんから、とても興味深く貴重なお話しを伺うことができた。特に、イサクの双子の息子エサウとヤコブについて、ヤコブが未熟児だったので母リベカが偏愛したという解釈には考えさせられた。夕方、N教会の役員たちが訪ねて来て、後任牧師についての相談を受ける。ごく一般的なアドバイスをして、途が開かれるように祈る。
20日(月)午前中は東駒形教会での月曜会に出席。江口公一牧師の発題と紹介で、岩波新書の赤江達也著『矢内原忠雄』を一緒に読む。午後、門前仲町に回り歯科医で定期検診。帰宅して準備してから日本聖書神学校へ。今週末に講演することになっている柏木義円についての資料を図書館で調べる。神学校の礼拝に出席し、夜の授業では賀川豊彦についての講義。
21日(火)午前中、神学読書会でモルトマンの『希望の倫理』第5章を村田重牧師の紹介で取り上げる。参加者は牧師6名と信徒4名の合計10名。訳者の福島揚さんも参加して、疑問点に答えてくれた。夕方、早稲田奉仕園のクリスマス・ツリー点灯式で短い奨励。早稲田の留学生たちも多数参加してくれた。
22日(水)午前中聖書を学ぶ会は、常連のメンバーの都合がつかず、直子さんと二人だけ。聖書を読み、二人で祈って終わる。午後は、ひたすら柏木義円研究会公開講演会の準備。本来講演するはずだった東京基督教大学の山口陽一教授が、学長の急逝に伴い、講演会に日時と大学葬が重なったため、急遽私が代講しなければならなくなったのだ。義円については各神学校の講義で繰り返し取り上げているものの、講演となると話しは別で、準備に時間を要する。牧師としての義円の生涯から学ばされて来たことを率直に話す以外にない。
23日(木)明日の内面史研究会の準備のため『在日大韓基督教会宣教100年史』を読み直す。著者の李清一さんから寄贈された『100年史』を読み直し、疑問点や感想をメモに作成する。午後は義円講演会の準備。
24日(金)夕方から富坂キリスト教センターの内面史研究会。講師の李清一さんから、在日大韓教会の歴史を聴く。きわめてインサイトのある講演だった。研究会後、李清一さんを囲んで楽しく懇談する。帰宅後、明日のレジュメ作成。

25日(土)午後から柏木義円研究会で1時間ほどの講演。22名の参加者がありホッとする。梅本順子さんの義父・梅本英夫さんの東大YMCA時代の祈祷会ノートのコピーを徳久俊彦さんから頂く。貴重な記録である。(戒能信生)

2017年11月19日日曜日

017年11月26日 午前10時30分
聖霊降臨節第26主日(収穫感謝合同)礼拝(No33
      司式 鈴木志津江  
    奏  黙 想        奏楽 釜坂由理子
招  詞  93-1-10
讃 美 歌  16 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編120・1~7 
讃 美 歌  109
子どもの祝福
聖書朗読  出エジプト記14・5-31
祈  祷
讃 美 歌  425
説  教  「海の奇跡」
  戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  367
使徒信条  (9341A
献  金                 茨木 啓子
報  告
頌  栄  29
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校 合同礼拝に合流
・礼拝後、お茶の会
・週報等発送作業
CS教師会

・らふぁえる練習

2017年11月18日土曜日

牧師の日記から(136)「最近読んだ本の紹介」
中島岳志『親鸞と日本主義』(新潮選書)『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞を受賞した若き政治思想研究者が、今度は親鸞思想と国学の近接を取り上げている。戦時下の親鸞主義者たちが軒並み天皇制に絡め取られていった経緯を、倉田百三、亀井勝一郎、吉川英治、三井甲之、箕田胸喜といった人々の内面に分け入って分析している。大正期の煩悶青年たちが、親鸞の絶対他力の信仰を媒介にして超国家主義に陥っていった思想的系譜が跡づけられている。特に真宗大谷派の戦時教学がどのように形成されたかについて、194121315日に行われた真宗教学懇談会の記録に注目し、暁烏敏、曽我量深、金子大栄といった親鸞主義者たちの果たした役割について紹介されている。実はこの人々が戦後の真宗教学の中核を担うことになるのだが、これまで真宗内ではその戦争責任の問題はほとんど取り上げられてこなかった。この課題は、戦時下の日本的キリスト教の主張と並行しており、その共通性と差異についても考えさせられた。
木村恵子『キーフさん ある少年の戦争と平和の物語』(近代文芸社)キャンプソング「幸せなら手をたたこう」の作者である木村利人さん(生命倫理学者、元・恵泉女子大学長)の少年時代の歩みを、恵子夫人が物語化した少年少女向けの読み物。NCAに寄贈されていたのを一読した。夫の少年時代を妻が書くというのも珍しいが、これも一つの子どもの戦争体験の証言ではある。
谷川俊太郎『ワッハワッハハイのぼうけん』(小学館文庫)詩人・谷川俊太郎の童話に、和田誠が挿絵を描いた童話集。サンテグジュペリの『星の王子さま』に、大人になると子どもに見えるものが見えなくなるとあったが、超人・谷川俊太郎はいつまでも子どもの魂を保持しているらしいことが分かる。
内田樹『街場の天皇論』(東洋経済新報社)天皇の生前退位の意向表明を内田樹がどのように観ているか関心をもって読んだ。著者は民主主義と象徴天皇制は両立し得るという立場を打ち出している。平成天皇は、象徴天皇の役割として「傷つき苦しむ国民を慰謝することと、敵も味方も含めて先の大戦の戦没者たちの霊を弔うこと」と理解し、それが高齢で担えなくなったので退位したいと宣言したのだという。私は、生前退位の表明は第二の「天皇の人間宣言」と受け止めているので、著者の論理を大筋で了解できる。しかし象徴天皇制が国家神道と再び結びつく危険性への歯止めをどのように設定するか懸念が残った。

鵜沼裕子『近代日本キリスト者との対話 その信の世界を探る』(聖学院大学出版会)日本キリスト教史研究の先輩である著者から寄贈を受けた。内村鑑三や新渡戸稲造、賀川豊彦、高倉徳太郎といった人々の信の世界を思想史的に分析した論文集で、私自身の勉強の領域と重なるところがあり、大いに参考になる。そのうちいくつかは、学会誌などで既に目を通していたが、改めて教えられることが多かった。特に「郷土会」をめぐる新渡戸稲造と柳田国男との交流については初めて知ることができた。(戒能信生)
017年11月19日 午前10時30分
聖霊降臨節第25主日礼拝(No32
      司式 荒井久美子  
    奏  黙 想        奏楽 内山 央絵
招  詞  93-1-10
讃 美 歌  16 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・169~176(タウ) 
讃 美 歌  449
聖書朗読  出エジプト記6・2-13
マタイ福音書7・7-12
祈  祷
讃 美 歌  517
説  教  「求めよ、さらば与えられん」
  戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  536
使徒信条  (9341A
献  金             石井 房恵
報  告
頌  栄  29
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校 お話し・橋本悠久子、奏楽・内山央絵

・礼拝後、オリーブの会「超未熟児医療の現場から」大森意索(軽食の用意あり)

2017年11月11日土曜日

牧師の日記から(135)「最近読んだ本の紹介」
本村凌二『地中海世界とローマ帝国』(講談社学術文庫)「興亡の世界史」シリーズの一冊で、古代ローマ帝国の歴史をコンパクトにまとめている。一般的な啓蒙書ではあるが、聖書学やキリスト教史の観点からは見えてこない周辺社会の政治や経済についての最近の研究状況を瞥見させてくれる。特に最後の部分でローマ帝国滅亡の原因についての様々な学説が紹介されていて興味深かった。21世紀の現在、第二次世界大戦後支配的とされてきた諸価値が相対化され、アメリカ中心の政治や経済が凋落し、次のステージがどのように展開されるのか見えない混迷の時代において、800年も続いたローマ帝国の衰亡の歴史から学ぶところは多いだろう。政治学者・丸山真男の「ローマ帝国の歴史には人類の経験のすべてが詰まっている」という言葉を想い出しながら読まされた。
長谷部泰男・石田勇治『ナチスの手口と緊急事態条項』(集英社新書)改憲論をめぐって、麻生副総理の「ナチスの手口を学んだらどうかね」という発言を逆手にとって、自民党憲法草案の「緊急事態法」がいかに「ナチスの手口」と似ているかを究明している。憲法論とドイツ近現代史の専門家による対談集。
半藤一利『歴史に何を学ぶのか』(ちくまプリマー新書)『日本の一番長い日』の著者が、自分自身の編集者としての歩みと歴史に学んできた本音を吐露している。これは司馬遼太郎も指摘していたことだが、日清・日露戦争の公式戦記は改竄され、軍にとって都合の悪い部分はすべて書き換えられていたそうだ。戦争の悲惨な実態が正確に後世に伝えられなかったというのだ。中でも興味深いのは、著者が唱える「40年史観」。40年が経過すると凄惨な戦争の記憶が薄れるという。陸軍でも海軍でも、日露戦争の実戦経験者の多くは日米開戦に消極的だったが、主戦論者たちは日清・日露戦争後の陸海軍の膨張期に立身した軍人たちだったという。第二次世界大戦後、既に70年が経過する現在、戦争の悲惨さを知る経験者に取って代わって、戦争の実態を知らない人々が政治をリードしている。旧約聖書の伝える「荒野の40年」との対比を考えさせられた。

河合雅司『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』(講談社現代新書)少子高齢化が進むこの国の将来に何が起こるかを具体的に想定して、その対処法を提示するという触れ込み。その処方箋有効性には疑問の点も多いが、数値で予測される危機の実態が興味深い。例えば2039年に火葬場が不足すると予測されているが、既に地域によっては現実化している。牧師としての経験からも、多摩地区では明らかに火葬場が不足していて、亡くなってから一週間後以降にしか葬儀ができなくなっている。また2018年には大学の倒産が予測されている。既にいくつかのキリスト教主義学校で学生の定員割れで経営危機が迫っていると聞いている。以前紹介した村上由美子の『武器としての人口減社会』では、人口減少をバネにして働き方を改革し、日本社会を活性化すればいいと論じられていたが、そんな楽観的な予測が甘いということを教えてくれる。(戒能信生)
017年11月12日 午前10時30分
聖霊降臨節第24主日礼拝(No31
      司式 荒井久美子  
    奏  黙 想        奏楽 内山 央絵
招  詞  93-1-10
讃 美 歌  16 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・161~168(シン) 
讃 美 歌  352
聖書朗読  詩編40・13-14、18
マタイ福音書7・1-6
祈  祷
讃 美 歌  393
説  教  「人を裁くな」
  戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  467
使徒信条  (9341A
献  金             荒井  眞
報  告
頌  栄  29
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校 お話し・野口洋子、奏楽・内山央絵
・礼拝後、お茶の会、

・婦人会例会(聖書研究 マタイ福音書2020-28

2017年11月3日金曜日

牧師の日記から(134)「最近読んだ本の紹介」
カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』(早川文庫)今年のノーベル文学賞受賞者の最近作。なんとアーサー王伝説を下敷きにファンタジー仕立てで、年老いた夫婦の旅路を物語る。普通ファンタジーと言えば、子どもか若者が主人公だが、本作では死出の旅に旅立つ老夫婦が主人公なのだ。そこに既に含意がある。さらにブリトン人とサクソン人の民族対立を背景に、血で血を洗う抗争の記憶を忘却すべきか、それとも記憶を取り戻して報復するかをテーマとしている。それは、日本生まれの少年を寛容に受け容れて来たイギリス社会への著者なりのメッセージを含むのだろう。しかし私にとって印象的だったのは、記憶をめぐるテーマだった。竜が吐く霧によって人々は記憶を喪失している中で、その竜を退治して記憶を取り戻そうとするのがメイン・ストーリーなのだ。しかし記憶の回復は、当然のことながら悪夢のような事実を想い出すことでもある。「許そう、しかし忘れない」は、日本の戦争責任についてアジアの人々から突きつけられた言葉だった。しかし忘れないということは、決して許していないということだという主張もある。過剰に情報が溢れる中で、いつしかある種の健忘症に陥っているこの国の現実を連想させられた。
久米宏『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』(世界文化社)1980年代の後半から2000年代の初めにかけて、つまり私の40歳から50歳代の頃、夜10時から放送されるニュースステーションをほとんど毎晩のように観ていたと思う。その番組のキャスターを18年に渡って務めた著者が回顧する内幕物。見せる(魅せる)ニュース番組として、セットの造りから衣装、ニュースを読む速度や声質、さらにその高低にまで気を配り工夫したという。テレビを観ていたこちら側の当時の記憶が甦ってくるようだった。
ブライアン・フリーマントル『クラウド・テロリスト 上下』(新潮文庫)『消されかけた男』以来、独特のスパイ小説を書き続けてきた著者が、今度はアラブ・ゲリラによるテロをサイバー戦によって未然に防ぐというテーマを取り上げて いる。古典的な諜報員による情報活動ではなく、今やサイバー空間が情報収集活動の最先端になっているというのだ(国家安全保障局をめぐるスノーデン事件を!)。しかしかなり高齢のはずの著者がITの最前線を取り上げるその意欲には感心させられた。敵組織よりもむしろ味方同士のセクショナリズムや対立を書き込むというお得意の展開で、結末のどんでん返しも相変わらずの冴えを見せる。

竹森哲郎『黄昏の全共闘世代 その残滓が、今』(文芸社)1970年代の全共闘時代、慶応で学生新聞の編集長であった著者の断片的な回想と、70歳になろうとする現在の生活を行きつ戻りつしながら、全共闘世代が今何を思うかを率直に綴っている。90歳を超える母親の介護に気を配りつつ、趣味の競馬への想いを語る不思議なテイストのエッセー集。教会員の竹森靜子さんの息子さんが書いた書き下ろしで、同世代の私はある種の共感を抱きながら読まされた。(戒能信生)
017年11月5日 午前10時30分
聖霊降臨節第23主日・永眠者記念礼拝(No30
      司式 荒井  眞
    奏  黙 想        奏楽 釜坂由里子
招  詞  93-1-4
讃 美 歌  16 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・153~160(レシュ) 
讃 美 歌  521
聖書朗読  サムエル記下12・15b-23
祈  祷
讃 美 歌  575
永眠者氏名朗読
説  教  「地面から起き上がり」
  戒能 信生牧師
祈  祷
讃 美 歌  384
使徒信条  (9341A
献  金  特別対外献金(北支区ワン・ドロップ献金を覚えて)   荒井久美子
報  告
頌  栄  29
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】

・教会学校 お話し・戒能牧師、奏楽・戒能直子

2017年10月28日土曜日


牧師の日記から(133)「最近読んだ本の紹介」

 数年前、賀川豊彦記念松沢資料館から、昭和13年頃、賀川の紹介で茨城県鹿島の結核療養施設白十字会に赴任した医師・末長敏事について調査依頼がありました。手持ちの資料等に当たってみましたが手がかりが得られず、結局分からないと返事しました。ところが今年の7月、森永玲『反戦主義者なる事通告申し上げます/反軍を唱えて消えた結核医末永敏事』(花伝社)が刊行され、驚きをもって読みました。『長崎新聞』の連載を一冊にまとめたもので、島原出身の末長敏事という知られざるキリスト者の生涯を、残された断片的資料や証言から可能な限り追っています。先の調査依頼もこの連載のためだったのです。

末永敏事は明治20年、長崎県の島原半島の医家に生まれ、青山学院在学中に内村鑑三の感化を受けてキリスト者となります。医師を志し、長崎医専を卒業、台湾で医師として働いた後、アメリカに留学。約10年滞在して、結核の病理学的な研究で業績を上げます(後に京都大学から博士号を取得)。帰国後、内村の司式で中島静江と結婚。その後は一時自由学園で教え、故郷の島原で開業しますが、昭和8年に離婚。茨城で開業するも、昭和13年、賀川豊彦の紹介で鹿島の白十字会で働くことになります。その年の10月、国家総動員法による医療関係者能力申告の際、末長は以下の通告を茨城県知事宛に送ります。

「平素所信の自身の立場を明白に致すべきを感じ茲に拙者が反戦主義なる事及軍務を拒絶する旨通告申し上げます。」これによって敏事は、10月6日逮捕。家宅捜査で「小生軍備全廃論者なるが故に陸海軍人団と関係あることを厳しく嫌ふ。次に平民主義者なるが故に特権階級例令は皇室、貴族、富豪等と何等の関係あるを拒絶する」という文書が押収され、さらに周辺捜査で、敏事の次のような言説が確認されたとされています。「日支事変は支那から仕掛けられて居るのではなく日本から仕掛けた侵略戦争である」「現在日本の政治の実権は軍部が握って居る、近衛首相は軍部に乗ぜられて居る、その現はれが日支事変である。軍部の方針は世界侵略を目指して居る」「今次事変の当局発表新聞記事、戦争ニュースは虚偽の報道である。新聞に顕はるる戦死者の状況は戦争目的遂行の為の虚報で我軍の戦死者は発表以上に達して居る」「今度の戦争は東洋平和の為であると言ふて居るが事実は侵略戦争である。戦争は御神意に反する事であるから戦争に賛成することは日本が滅びることに賛成する様なものだ」。こうして末永敏事は陸海軍刑法違反(流言飛語罪)によって禁固3月の判決で収監されます。しかしその後の末長の消息は途絶え、1945年に亡くなったとされているのです。
長崎新聞によるこの調査が始まるまで、末永敏事について、内村研究でも、賀川研究でも一切知られていませんでした。全く忘れられた存在だったのです。しかしそれにしても、「特高月報」による敏事の発言は苛烈で、しかも的確に事態を見抜いていました。これほどの反戦主義者の存在が、その後キリスト教界において全く知られて来なかったこと自体不思議です。(戒能信生)