2017年10月15日日曜日

2017年10月15日 午前10時30分
聖霊降臨節第20主日伝道礼拝(No27
     司式 常盤 陽子
    奏  黙 想       奏楽 釜坂由利子
招  詞  93-1-4
讃 美 歌  18 
主の祈り  (93-5A) 
交読詩篇  詩編119・129~136(ペー) 
讃 美 歌  486
聖書朗読  ロマ書12・15
祈  祷
讃 美 歌  58
説  教  「泣くものと共に泣く、…その先へ」
日本キリスト教婦人矯風会事務局長
川谷 淑子さん
祈  祷
讃 美 歌  92
使徒信条  (9341A
献  金             橋本 茂
報  告
頌  栄  2
派遣・祝福
後  奏         
 
【本日の集会】
・教会学校 お話・橋本悠久子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、オリーブの会(於・ホール)「日本キリスト教婦人矯風会の働き」お話し・川谷淑子。軽食の用意があります。なるべく多くの方がご参加ください。

2017年10月14日土曜日


牧師の日記から(131

 108日(日)主日礼拝。マタイ福音書61921の講解説教「天に宝を積みなさい」。主イエスは、この世の富や豊かさについて明らかに批判的に語っている。典型的には「金持ちが神の国に入るよりも、ラクダが針の穴を通る方がまだやさしい」(マタイ192324)という言葉。当時のパレスチナでラクダは日常目にすることが出来る最大の動物。そのラクダが針の穴を通るのは不可能であるだけでなく、むしろ滑稽なことだった。それほど金持ちが神の国に入るのは困難だという意味。「貧しき者は幸いなり」と語ったイエスは、金持ちよりも貧乏人に身を寄せている。この箇所の最後に「神と富とに兼ね仕えることはできない」と言われていることに注意。「兼ね仕えてはならない」という命令ではなく、私たちキリスト者は「神と富とに兼ね仕えることはできない」者とされているというのだ。礼拝後、婦人会例会でルカ福音書2114の「レプタ二つを献げたやもめ」の個所を、鈴木志津恵さんの発題で学ぶ。その後、野口倢司さんの車で、高岸さん、直子さんと一緒に番町教会にバザーの用品を受け取りに行く。その帰り、野口さんに誘われて紀尾井町ガーデン・テラスで一緒に昼食をご馳走になる。

 9日(月)この日は休日で一日のんびりする。夜は人と会う約束があったのだがキャンセルになり、こんなことなら橋本悠久子さんの演奏会に行けばよかった。

 10日(火)午後、思い立って、直子さんと上野の国立博物館に運慶展を観に行く。康慶・運慶・快慶の主な作品がこれだけ並ぶと壮観。しかしこれらの仏像は、個人の作品というよりも、運慶たちが指導する工房集団の存在を前提とする。中でも康慶作「法相六祖座像」や運慶作「重源上人座像」に心を惹かれた。その表情には写実性だけでなく、ルネサンス期のミケランジェロなどの作品にも通じる精神性がある。しかしルネサンスは単に芸術運動としてだけではなく、その後の宗教改革や、さらに啓蒙主義思想への途を拓いたとされる。ところが、運慶たちの彫像技術と精神は不思議にも途絶えてしまい、その後の仏教美術に引き継がれなかった。鎌倉中期以降、法然・親鸞・日蓮といった新しい仏教の勃興と関わるのだろうか。夜は早稲田奉仕園の山口里子さんの新約ゼミに出席。ルカ福音書1320-21「パン種の譬え」を学び、またまた「眼からウロコ」の想いをする。

 11日(水)午前中、聖書を学び祈る会で民数記14章を取り上げる。出エジプトの経験とカナン侵入の出来事の時間差を「荒野の40年」として位置付け、そこに世代交代の物語を想定している。旧約聖書独特の歴史理解と言えるだろう。

12日(木)午後からNCAの連続講座「日本キリスト教史を読む」の5回目で内村鑑三を取り上げる。さらに出席者が多くなり、会場に入りきれないほどで嬉しい悲鳴。この講座のオプショナル・ツアーを計画し、富士見町教会、本郷中央教会、弓町本郷教会をめぐる企画を提案する。夜は東京バプテスト神学校の授業。

13日(金)午前中、会館管理組合委員会。午後帰宅して、来週予定されている二つの読書会と研究会での発題の準備に追われる。(戒能信生)

2017年10月7日土曜日


牧師の日記から(130

 101日(日)主日礼拝、聖餐式。マタイ福音書61618の講解説教「宗教的な熱心さ?」。当時の信仰熱心な人々は、断食中に食べ物を勧められないように「顔を見苦しくする」断食顔をしたという。イエスはそれを批判し、むしろ「頭に油をつけ、顔を洗え」と、言わば祝祭の用意をするように命じる。それで思い出したのが、宗教改革者マルティン・ルターのエピソード。ある時ルターが不機嫌な顔をしていた。すると妻のカタリーナが喪服を着て現れた。ルターが驚いて「だれか亡くなったのか」と聞くと、「あなたが神は死んだかのような不機嫌な顔をしているから」と答えた。ルターは笑って謝ったという。戦争の噂が聞こえ、政治的な混迷が深まる今、宗教的な熱心さを追い求めるのではなく、むしろ自分自身の不信仰に耐えて、不機嫌な顔をやめようということではないか。

2日(月)3か月に一度の眼科の検診。四ツ谷駅前の白戸眼科(緑内障の専門病院)は、患者さんで満杯。中にはかなり深刻な病状の人もいるようだ。私の緑内障の進行は一応抑えられており、まだ手術はギリギリ必要ないとのことで、点眼を続けて様子を見ようということになった。夜は日本聖書神学校の授業。

3日(火)一日中、書斎でパソコンの前に座っているが、なかなか原稿の仕事が進まない。夜は丹絵理加さんの受洗準備会でマルコ福音書を一緒に読む。

4日(水)午前中は聖書を学び祈る会。民数記1213章を取り上げて学ぶ。いよいよカナンの地に斥候を派遣して様子を探る箇所。乳と蜜の流れる約束の地には、高い城壁があり、巨人族が住んでいて、とてもかないそうにないという悲観的な報告。その証拠に巨大な葡萄を担いできて見せたという。そう言えば、最初に「巨峰」を食べたとき、「葡萄のお化け」と説明されたことを思い出す。野生の野葡萄しか知らない人々にとって、品種改良をして人工栽培された葡萄はそれこそお化けのような大きさに見えたのかもしれない。11月の末に柏木義円公開講演会が予定されているので、その準備。この間の会計報告を作成し、集会案内と一緒に会員に発送する作業。この研究会の事務局を担当しているのだ。

5日(木)朝からキリスト教会館に行って、NCAの仕事。改装工事が始まった6階の鍵をまとめて東京YMCAの山添主事に渡す。後は、第8回神学生交流プログラムの報告書が出来てきたので、参加神学生や賛助者たち合わせて150通ほどを発送する作業。NHKから先日の「宗教の時間」の録音が送られてくる。

6日(金)午後、馬喰横山の画廊で開かれている友人のカメラマン小山貴和夫さんの写真展に出かける。若い頃から撮りためた報道写真の数々を、同世代の自分の歩みを思い出しながら感慨深く観た。その後、地下鉄丸ノ内線茗荷谷駅近くの東京バプテスト神学校へ。10月から後期の授業が始まり、その準備の教師会に出席するため。その後、雨の中を王子北教会での北支区連合祈祷会に出席。

7日(土)午後から、教師を免職された北村滋郎牧師支援の集会に参加。夕方帰宅して、明日の週報の作成と印刷。そして説教の準備。(戒能信生)

2017年10月1日日曜日


017年10月8日 午前10時30分

聖霊降臨節第19主日礼拝(No26

     司式 鈴木志津恵

    奏  黙 想       奏楽 内山 央絵

招  詞  93-1-4

讃 美 歌  18 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・121~128(アイン) 

讃 美 歌  540

聖書朗読  コヘレト3・1-17 

マタイ福音書6・19-24

祈  祷

讃 美 歌  437

説  教  「宝を天に積め」

戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  569

使徒信条  (9341A

献  金             萩原好子

報  告

頌  栄  2

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・野口洋子、奏楽・内山央絵

・礼拝後、お茶の会

・婦人会例会 聖書研究(ルカ福音書2114)担当・鈴木志津恵

・番町教会からのバザー用品を受け取り(担当・野口倢司)

2017年9月30日土曜日

牧師の日記から(129
 924日(日)主日礼拝。出エジプト記123742節の講解説教「寝ずの番をする神」。イスラエルの民のエジプト滞在は430年だったと淡々と記す祭司資料の歴史観について取り上げる。なにせ430年間もの間、神はずっと忍耐して「寝ずの番」をしていたというのだ。それも直接手を出さないで!数字が頻出して戸惑うことも多い祭司資料だが、断片的な資料を時間の経過によって位置づけることによって、壮大な救済史の歴史観を打ち出していると言える。久しぶりに竹森静子さんが礼拝に出席された。夜は、私の誕生祝いということで、家族が全員集まって食事を共にする。息子たちに新しいパソコンの調整をしてもらう。こういう時(だけ?)、つくづく息子がいてよかったと思う。
 25日(月)午前中、月曜会で東駒形教会へ。深井智朗『プロテスタンティズム』(中公新書)の前半を、ともしび伝道所の芳賀慶治牧師の紹介で一緒に読む。来月はこの本の後半部分を私が発題することになった。しかしこの新書の真骨頂はむしろ後半部分にあると言える。今年は宗教改革500年ということで、様々なイベントや記念出版が続くが、ルター・ルネサンス以降何が起こったかに注視しなければならない。宗教改革400年が盛大に祝われた僅か15年後には、ナチスが政権を取って第二次世界大戦が始まるのだ。午後帰宅し、準備をして夜は日本聖書神学校の後期の第1回授業。登録受講生は10人のはずなのに実際の出席者は11人いる。「11人いる!」と言うと、それに反応したのは一人だけだった。つまり萩尾望都の漫画『11人いる!』を知っていたのは、68歳の聴講生一人だけだったのだ。つくづく時代の移り変わりを感じさせられる。その後、受講生の一人が履修届を提出していなかったためと判明して、あっさり解決。
 26日(火)午前中、北支区教師部研修会で江古田教会へ。上林順一郎牧師の牧会50年の講演。さすがに含蓄のある楽しい内容だった。夜は、「戦争を許さないキリスト者の会」(通称「ゆるキリ!」)の集会に参加。ホーリネス教会の上中栄牧師のホーリネス弾圧についての講演を聞く。
 27日(水)聖書を学ぶ会で民数記11章を取り上げる。久しぶりに大坪正雄さんも出席してくれた。直子さんがイチジクのコンポートを作って披露した。今年のバザーに出品する予定だが、果たして売れるかしら。
 28日(木)一日雨。この日はキリスト教会館に顔を出す予定だったが、急務はないということでサボることとし、一日書斎で原稿を書いたり、本を読んだりして過ごす。鈴木範久先生の『日本キリスト教史』が刊行されたので、自分の勉強のこともありこれを精読しなければならない。一次資料を丹念に読み解き、そこから時代の本質的な問題を指摘するその姿勢にいつもながら教えられる。

 29日(金)この日も一日中在宅。10月の神学読書会でモルトマンの『希望の倫理』第4章について紹介と発題をしなければならないので、読み始める。長老会のアジェンダを修正して送る。今週は久しぶりにのんびりした。(戒能信生)

2017年9月24日日曜日


2017年10月1日 午前10時30分

聖霊降臨節第18主日礼拝(No25

     司式 荒井久美子

    奏  黙 想       奏楽 内山 央絵

招  詞  93-1-4

讃 美 歌  18 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・113~120(サメク) 

讃 美 歌  543

聖書朗読  アモス書5・21-27 

マタイ福音書6・16-18

祈  祷

讃 美 歌  470

説  教  「宗教的な熱心さ!?」

戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  444

使徒信条  (9341A

聖 餐 式    配餐 常盤陽子、石井房恵

賛 美 歌  81

献  金  対外献金「日本キリスト教婦人矯風会の働きを覚えて」野口洋子

報  告

頌  栄  28

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・野口洋子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

・定例長老会

2017年9月23日土曜日


牧師の日記から(128

 917日(日)主日礼拝。マタイ福音書6516の講解説教。『主の祈り』については一昨年集中的に取り上げているので、この日はマタイ福音書のコンテクストに沿って読み直した。特にカトリック教会の黙想について紹介し、私たちの祈りの理解をもう少し押し広げる必要に触れた。祈りは、神に向かって自分を開くことから始まる。そこでは言葉は必ずしも必要ない。礼拝後、オリーブの会で柴田哲子さんに「World Visionの働き」について紹介してもらった。その後、雨の中を浦安教会に行き、4時半からの招聘委員会に出席、後任牧師の候補を推薦した。この人事が御心にかない、祝福のうちに進められることを心から願う。その後、市川三本松教会に立ち寄り、福音教会の明治期の教会規則を見せてもらう。帰宅して『クリスチャン新聞』創刊50年記念号の原稿を書き上げて送る。

 18日(月)午前中、台風一過の快晴で猛暑の中、青山霊園での渡部澄彦さんの納骨式。家族・親族たち14人の参加。この霊園には、外人墓地の他、森有礼、平岩愃保、津田仙、山路愛山など明治から大正期にかけて活躍したキリスト者の墓がいくつもある。ビル群の真ん中に佇む古い墓石群が印象的。その後、一同で美味しい鰻をご馳走になる。帰宅して、キリスト者平和ネットの連載コラムの原稿を書いて送稿。戦時下の宣教師スパイ事件についての新聞報道を紹介する。

19日(火)午前中、神学読書会で、モルトマンの『希望の倫理』の第3章を取り上げる。この日の発題と紹介は百人町教会の賈晶淳牧師。出席者は、牧師が5名、信徒が3名の合計8名だった。午後、直子さんと庭のイチジクの実の収穫作業。今年は日照が少なかったせいか、成りが悪く小粒のものが多い。バザーのためのジャム作りに足りるかどうか。夜は丹絵理加さんの受洗準備のつもりだったが、連絡不十分で来られなかった。お詫びの葉書を出す。

20日(水)午前中、聖書を学ぶ会で民数記6章の「ナジル人の誓願」を取り上げる。きわめて古い宗教習慣に由来し、旧約のあちこちに痕跡が残っているし、新約のパウロの時代にも形を変えて存続している。そもそもイエスが「ナジル人=ナザレ人」と呼ばれたという有力な説があるのだ。この日は私の70歳!の誕生日で、何人もの教会員の方々から誕生カードが届いて恐縮する。傑作だったのは、荒井さん夫妻から届いたメール。「絵に描いた餅」ならぬメール上でのバースデイ・ケーキの写真が添えられていた。

21日(木)朝からキリスト教会館に行き、NCAの仕事。3時から運営委員会。来年3月に予定されている神学生交流プログラムの準備が始まる。校長はいつものように関田寛雄先生、講師は友人の神田健次さんで、会場はイエズス会鎌倉黙想の家。今から楽しみではある。第8回の報告書の初校の修正作業も。

22日(金)午前中は、会館管理組合の委員会。様々な案件を処理する。一度帰宅し、準備をして夜は北支区宣教研究委員会でエパタ教会へ。1970年代の北支区報『北斗星』のバックナンバーを読んで発題。(戒能信生)

2017年9月18日月曜日


2017年9月24日 午前10時30分

聖霊降臨節第17主日礼拝(No24

     司式 荒井  眞

    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  23 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・105~112(ヌン)

讃 美 歌  538

聖書朗読  出エジプト記12・37-42

祈  祷

讃 美 歌  407

説  教  「寝ずの番をする主」

戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  477

使徒信条  (9341A

献  金             野口 倢司 

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・大森意索、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

・週報等発送作業(ご協力ください)

・教会学校教師会

・らふぁえる練習

2017年9月24日 午前10時30分

聖霊降臨節第17主日礼拝(No24

     司式 荒井  眞

    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  23 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・105~112(ヌン)

讃 美 歌  538

聖書朗読  出エジプト記12・37-42

祈  祷

讃 美 歌  407

説  教  「寝ずの番をする主」

戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  477

使徒信条  (9341A

献  金             野口 倢司 

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・大森意索、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

・週報等発送作業(ご協力ください)

・教会学校教師会

・らふぁえる練習

2017年9月16日土曜日


牧師の日記から(127

 910日(日)主日礼拝。北支区交換講壇で、私は江古田教会へ。千代田教会には上林順一郎先生が来てくれる。江古田教会は、歴史から言っても、規模から見ても千代田教会と共通点が多い。戦前日本基督教聯盟の指導者だった海老澤亮牧師が自宅を開放して開拓伝道を初め、長男の宣道牧師が跡を継いだ教会。次男の有道先生は日本キリスト教史研究の大先輩にあたる。礼拝後、カレーライスを頂きながら、短い時間ではあったが教会員の皆さんと交流することができた。

11日(月)少し時間的余裕ができたので、日本キリスト教史関係の論文集でもまとめようかと考えていたら、知人や友人から、この間、各教区の教師研修会での講演や、あちこちに書いていた宣教論をまとめて刊行してほしいという要望が寄せられていた。新教出版社の小林望社長に相談すると、是非出したいということで、講演の記録などの整理を始めた。しかし何分統計資料が古くなっているし、講演の文体を読むための文章に直さなければならず、全面的に書き改めなくてはならないようだ。この秋は、その作業に追われることになる。この日から日本聖書神学校の授業が始まるので、夜は始業礼拝に出席し聖餐にあずかる。

12日(火)一日書斎で仕事。夜は、早稲田教会での山口里子ゼミに参加。ルカ福音書141623の「断られた食事会」について学ぶ。宴会への招待を直前に断った人々は、そうすることによって招待主を侮辱したのだ。そして主人は、道にたむろする無産者たちを招いて楽しんだという譬え話。2014年にノーベル平和賞を受賞した人権活動家カイラシュ・サティヤルティに、これと全く同じ経験があったという。アウト・カーストの人たちの宴会に招かれた政治家たちがやはり直前に断って来たたという。しかし泣きながら一人で食事を食べたサティヤルティさんに、不可触民の女性が「私たちの作った食事をあなたは食べた。私たちは勝ったのです」と語りかけたという。まるでイエスの譬え話の現代版だ。

13日(水)聖書を学ぶ会で民数記を学ぶ。旧約最大の躓きとされるあの人口調査の数の列記にどのような意味があるのだろうか。おそらくカナン定着後、各部族に土地を配分するための人口調査が背景にあるのだろう。2章に記されている各部族の配置図と、各部族の実際の居住地には何らかの対応関係があるようだ。

14日(木)昼前からキリスト教会館に行き、NCAの仕事。2時から連続講座「日本キリスト教史を読む」の第4回で植村正久を取り上げる。受講者が30人を超え、部屋が一杯になった。夜は市川三本松教会を訪ね、外谷悦夫牧師と浦安教会の後任牧師選考の打ち合わせ。19日の午後、緊急に招聘委員会を招集して推薦することとなった。その後、近くのイタリアン・レストランで食事をし、いろいろ話し合う。特に同胞教会関係の資料の共同研究を始めることになった。

15日(金)一日書斎に閉じこもって、『クリスチャン新聞』創刊50年記念号の原稿と『キリスト者平和ネット』の連載コラムの原稿書きの仕事。なかなかはかどらない。『時の徴』の校正も届き、忙しくなって来た。(戒能信生)

2017年9月10日日曜日


2017年9月17日 午前10時30分

聖霊降臨節第16主日礼拝(No23

     司式 橋本  茂

    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  23 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・97~104(メム)

讃 美 歌  494

聖書朗読  創世記24・26-27

マタイ福音書6・5-15

祈  祷

讃 美 歌  445

説  教  「祈るときに」

戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  493

使徒信条  (9341A

献  金             永松 信行

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・橋本悠久子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、オリーブの会「World Visionの働きについて」柴田哲子(昼食の用意あり)なるべく多くの方がご参加ください。

2017年9月9日土曜日


牧師の日記から(126

 93日(日)主日礼拝。マタイ福音書31719の講解説教。「後ろめたい」という言葉がある。「疚しいことがあるので気になる」という意味で用いられる。辞書を調べて、この語源が「後ろ目痛し」からきていることを初めて知った。つまり「背後からの人の視線が痛い」という意味。これを信仰的に言い換えれば、私たちキリスト者には常に神からの視線が注がれていて、それを覚えるという意味になるのではないか。定例長老会は約45分という記録的短時間で終わる。夜、北支区の機関誌「北斗星」に宗教改革500年についての短い随想を書いて送稿。

4日(月)この夏、新しいコンピューターを導入して、その慣し運転で時間を取られている。つまり入力する用語や人名をすべて覚えさせなくてはならないのだ。世間では、年を取るとこれが最後の車になるかと考えるらしいが、私にとってこれが最後のPCになるのだろう。これまでワープロから始まり、NEC98マシーン、そして何台かのノート・パソコンを使ってきたが、これが最後のPCになるわけだ。画面が大きくなり、速度も速くなったが、インターネットとの接続が電波の関係でうまくいかないのが難点。ルーターをもう少し高性能な機種に変えなければならないようだ。夜は、王子教会での北支区常任委員会に出席。

5日(火)午前中は賛育会病院で定期検診。Hga1cの値が基準ギリギリで、これを越えると薬を飲まなければならなくなると注意される。その後、肺炎球菌のワクチン注射を受ける。夕方から、イグナチオ教会ヨハネ・ホールで開催されたキリスト教書籍販売のトーク・イベントを聞きに行く。出版社、編集者、書店のそれぞれの立場からの発言が興味深かった。帰りに一緒になったCJCの郡山千里さんと四ッ谷駅前でお茶を飲む。福音派の『クリスチャン新聞』(『キリスト新聞』に非ず)創刊50年号に原稿を依頼されているので、創刊当時の様子を聞く。

6日(水)午前中、久しぶりに聖書を学ぶ会。レビ記25章のヨベルの年の規定を取り上げる。本来は7年毎に畑も休耕しなければならないという連作禁止の規定。それが7度の安息年を重ねた50年目を「ヨベルの年」として、すべての債務を帳消しにするという経済政策に拡大する。イスラエルがカナン定着後、農耕生活に移行すると、結果として貧富の格差が拡大し、継業の地の売却や債務奴隷が生まれ、その格差是正のために策定されたとされる。実際にはその実施は困難だったようだが、3000年近く昔に、このような格差是正の理念があったこと自体が驚き。50年というのは人間の一世代に相当する。夜、浦安教会の招聘委員会に出席する予定だったが、市川三本松教会で葬儀が入り、延期になる。

7日(木)朝10時からNCAの仕事。6階に東京YMCAが入居することになったのでそのうち合わせ。その後、早稲田奉仕園、AVACOとの三者協議会。
8日(金)午前中、年金事務所へ。今月で満70歳になるのでその手続きのため。つくづく自分の年齢を考えさせられる。夜は信濃町教会で行われた社会委員会の会合に出席。ようやく夏が終わり、少しずつ仕事が入って来た。(戒能信生)

2017年9月3日日曜日


2017年9月10日 午前10時30分

聖霊降臨節第15主日礼拝(No22

     司式 石井 房江

    奏  黙 想       奏楽 釜坂由理子

招  詞  93-1-10

讃 美 歌  23 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編119・89~96(ラメド)

讃 美 歌  202

聖書朗読  申命記3・23-26

Ⅱコリント書12・7-10

祈  祷

讃 美 歌  518

説  教  「我が恵み、汝に足れり」

江古田教会 上林順一郎牧師

祈  祷

讃 美 歌  451

使徒信条  (9341A

献  金             常盤 陽子

報  告

頌  栄  27

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話・野口洋子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、上林牧師を囲む懇談会(昼食の用意あり)司会・常盤陽子

2017年9月2日土曜日


牧師の日記から(125)「最近読んだ本の紹介」

 今井信吾『宿題の絵日記帳』(リトルモア)画家で多摩美術大学の教員をしていた著者が、重度の難聴の障害を負う次女を日本聾話学校(町田の農村伝道神学校の隣り)に通わせる中で、学校との連絡のために書いた絵日記帳。専門の画家が描いた絵日記だからそのスケッチが優れているのは当たり前だが、障害を負う子どもの2歳から6歳までの成長の記録として秀逸なのだ。特に難聴児が、家族と学校の支援によって、発語と口話法を獲得していくその課程が素晴らしい。もうすっかり忘れていた我が家の子どもたちの育児の経験を久しぶりに思い出しながら、実に楽しく読んだ。 

 ポーラ・アンダーウッド『一万年の旅路 ネイティブ・アメリカンの口承史』(翔泳社)向山功さんが貸してくれたので目を通した。アメリカ北東部のネイティブ・インディアン、イロコイ族に伝わる口頭伝承を文字化したもので、日本語訳で500ページを超える大作。約200年前、イロコイ族がキリスト教への改宗を迫られ、先祖伝来の口伝を廃棄しようとした際、一人の女性伝承者が逃げ出し、秘かに継承者に伝えたという壮大な口碑。驚くべきことに、その中に約一万年前、ベーリング陸峡(その当時はつながっていた)を渡って、アジアから北米に移住した経緯を伝える伝承があること。南北アメリカの原住民は、DNAによってユーラシア大陸に起源があるとされるが、それを裏書きする貴重な証言ということになる。その口頭伝承では、女性の役割が大きく、また様々なトラブルや困難に出会っても部族の共同の話し合いによって方針を決めていくなど、興味深い点が多々ある。おそらくその史実的信憑性について、学問的には疑問符がつけられるのだろうが、興味深く拾い読みした。

 ジャレド・ダイアモンド『第三のチンパンジー 人間という動物の進化と未来』(草思社文庫)ピューリッツァ賞を受けた同じ著者の『銃・病原菌・鉄』、続編の『文明崩壊』も読んでいるが、本書は著者の処女作『人間はどこまでチンパンジーか』を、その後の研究成果を加えて、若者向けに分かりやすくリライトしたもの。いわば著者の問題意識が詰め込まれたような内容となっている。チンパンジーと人間のDNA98.4%同じだという指摘から始まる最初の部分は、立花隆の『サル学の現在』でも触れられていたが、この著者は生理学から出発し、生物地理学、さらに進化生物学へと学問の領域を越えて、言わば文化人類学的な考察を展開する。特に、森林破壊と土壌の流出によって植生が失われ、飢えた人類によって大型哺乳類が絶滅していったという歴史分析、またジェノサイドをめぐる考察も、人間とは何か、そしてその未来についての鋭い問題を提起している。

 高橋敏『一茶の相続争い 北国街道柏原宿訴訟始末』(岩波新書)俳人小林一茶の故郷・柏原での百姓弥太郎としての晩年を、腹違いの弟の相続争い文書から読み解いたもの。ずっと以前柏原の一茶記念館を訪れた時、一茶の晩年の生活を知って驚いたことを思い出しながら読んだ。(戒能信生)