2016年10月8日土曜日

牧師の日記から(78)「最近読んだ本の紹介」
 ウンベルト・エーコ『ヌメロ・ゼロ』(河出書房新社)昨年亡くなった著者の遺作。1990年代のミラノを舞台に、暴露新聞を創刊するための準備として、№0号(これが書名となっている)を編集するという設定で、落ちこぼれのジャーナリストたちが戦後イタリアの政財界の謎を解明しようとして挫折するというミステリー仕立ての小説。ムッソリーニが生き延びているという奇想天外の伝説にヴァチカンのスキャンダルも絡めて、戦後イタリア政界の裏話がてんこ盛りで登場する。戦後日本の裏面史を告発した松本清張の「日本の黒い霧」シリーズを連想した。しかし現在では、テレビの報道番組が次々にターゲットを定めてバッシングを繰り返し、それが国民のカタルシス解消となっている面がある。最近話題になっている豊洲新市場建設をめぐる東京都のスキャンダルなどはその典型だろう。現在の情報過多社会とジャーナリズムの現状をエーコが痛烈に皮肉っている。
Fv・シーラッハ『テロ』(東京創元社)テロリストに乗っ取られた旅客機(164名の乗員乗客が乗っている)が7万人の観客で埋まっているサッカースタジアムに突っ込もうとしたとき、ドイツ空軍の戦闘機がそれを撃墜した。その戦闘機パイロットを裁く法廷劇。検察側・弁護側双方の主張が興味深い。戯曲としては異例なことに、最後に有罪と無罪の二つの判決が提示され、観客及び読者に判断が委ねられる。テロが日常化しつつあるヨーロッパの現在を背景に、いかにもシーラッハらしい挑戦的な作品。しかしそこに文学的な香りや思想的な深まりは求めるべくもない。付録として、テロの標的となったフランスの風刺雑誌『シャルリー・エプド』がメディア賞を受けた際の著者の記念スピーチを収録。テロの脅威にさらされても、あくまで自由と寛容を求める人間性を失ってはならないという主張が印象的だ。
島園進『宗教を物語でほどく』(NHK出版)アンデルセン、宮沢賢治、トルストイ、倉田百三、武田泰淳、深沢七郎、石牟礼道子、遠藤周作といった文学作品の中にある宗教性に注目して、宗教学者の視点から分析したもの。ラジオ講座を書籍化したもので、読みやすい。既成宗教が力を失っても、神話や物語の中の宗教性の魅力はなくならないと指摘している。今の時代の不安や生きづらさに対して、既成宗教が無力である現状への批判がそこに込められている。

加藤陽子『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』(朝日出版社)名著『それでも日本人は戦争を選んだ』の著者が、今度は中高生を対象にして、第二次世界大戦へと至った外交交渉とその失敗の経過を辿った講義と受講生たちの応答の記録。これがなかなか読み応えがあった。戦争へと至る歴史的な経過は大まかに承知していても、その時々の外交交渉がどのように展開されたのか、そして当時のマスコミ報道がどのようなものであったか、初めて知ることも多かった。また中高生たちの積極果敢な質問や素朴な疑問とのやり取りに、時として爆笑しながら考えさせられた。ジュンク堂書店の好企画。(戒能信生)

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