2016年8月12日金曜日

牧師の日記から(71)「最近読んだ本から」
J.M.クッツェー『イエスの幼子時代』(早川書房)著者は南アフリカの作家でノーベル文学賞受賞者。この人の小説を読んだことがなかったのだが、表題に惹かれて手に取った。一種のSF小説で、大災害を生き残った人々の未来社会において、5歳の男の子に振り廻される大人たちの姿を淡々と描いている。過去を失いすべてが平準化された理想社会が、必ずしもバラ色ではないというイメージが展開されて、奇妙な不気味さがある。つまり未来社会に幼子イエスが現われたとき、それは何を意味するかを描いているが、福音書の寓話としてどのような射程をもっているのか、私には読み取れなかった。イエスの少年時代を取り上げる続編が刊行予定とのこと、それに期待しよう。
佐々木マキ・大橋歩・和田誠・安西水丸『村上春樹とイラストレーター』(ナナロク社)ちひろ美術館が、村上春樹の小説やエッセーの装丁・イラストを特別展示している。羊子が観に行って面白かったからと、それを収録した小さな本を買って来てくれた。世界中に愛読者がいる村上春樹の小説が、今後も古典として生き残るのかどうかは分らない。しかしその不思議な魅力が、これらのイラストの力にも預かっていることに改めて気づかされた。
滝澤克彦『越境する宗教 モンゴルの福音派』(新洗社)社会主義政権崩壊後のモンゴルで、キリスト教が、それも福音派が非常な勢いで伸びているという。体制崩壊後の社会的混乱と精神的空洞がその背景にあると一般に考えられて来たが、この現象について宗教社会学的な分析を試みた専門的な研究書(サントリー学芸賞受賞)。この国の敗戦直後のキリスト教ブーム、あるいは現代中国のキリスト教の興勢、さらにアフリカや南米などの各地でペンテコステ派が大きな勢力になりつつある現象を考えるための格好の参考書。ただ、学術書であるためか、難解で読みにくいのが難点ではある。
細川貂々『ツレがうつになりまして。』(幻冬舎)IT関係のサラリーマンである夫が鬱病になり、仕事ができなくなって退職する。それからの闘病生活のてんやわんやを、イラストレーターである妻がユーモラスに描いたマンガ。これが鬱病の入門書として出色の出来栄えで、不思議な癒し効果がある。鬱病に苦しむ人々やそのご家族に是非一読を勧めたいと思った。

大串潤児『銃後の民衆経験 地域における翼賛運動』(岩波書店)戦時下研究でこれまで手薄とされて来たのは、庶民や民衆の日常生活からのアプローチである。本書は「銃後」を担った(担わされた)人々の集団意識や戦意が、戦局の変化に伴ってどのように変遷して行ったかに注目して分析している。「戦争は何故起こったのか」という切り口ではなく、「戦争が始まったらどう振る舞ったらいいのか」という問題意識から、地方都市や農村における戦時下の民衆の具体的な実相を抉り出そうとしている。(戒能信生)

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