2016年7月27日水曜日

牧師の日記から(69)「最近読んだ本から」
柄谷行人『憲法の無意識』(岩波新書)独特の交換論で世界を読み解いて来た著者が、たて続けに新書本を出している。憲法9条が無意識のうちに日本人に染み込んでいることを、なんとフロイトから演繹し、憲法改正は不可能だと主張している。私が特に興味を惹かれたのは、押し付け憲法論に対して、内村鑑三のキリスト教入信を例にとって反論しているところ。札幌農学校でクラーク博士の影響を受けた一期生から入信を強要された内村は、抵抗したが最後には屈して入信した。ところが入信を強要された内村が、それ故にこそ自らの信仰を確立して行ったのに対して、自主的に入信し内村に信仰を強要した一期生のほとんどは信仰から離れてしまっている。だから「押し付け憲法」であること自体は、問題にはならないと著者は言うのだ。
三浦しをん『神去なあなあ夜話』(徳間文庫)辞書制作を題材に取った傑作『舟を編む』(2012年本屋大賞受賞)以来、時折この作家の小説を読むようになった。娯楽小説の形をとりながら、マイナーな興味深いテーマを扱っているからだ。この作品は、今や絶滅しかけているこの国の林業の世界を、面白おかしく紹介している。映画化もされた前作『神去なあなあ日常』の続編。
W・カー(新木正之介訳)『日本の再出発』(新教出版社)教会員の新木裕さんの父上が翻訳して昭和26年に刊行された絶版書(新木さんから教会に寄贈されている)。著者は戦前の朝鮮で宣教師として働いたアメリカ人で、敗戦直後の日本社会の様子、特に宗教事情を克明に紹介している。その理解は今から見ても驚くほど正確だが、この国の将来についてきわめて楽観的な見方を提示している。「私たちはここから出発した」という副題が意味深長だ。
松谷信司『キリスト教のリアル』(ポプラ新書)『キリスト新聞』の編集長である著者が、各教派の比較的若手の神父や牧師たちと対話しながら、この国のキリスト教の現状に迫っている。現在の教会の問題点は様々な観点から指摘されているが、ここからキリスト教の将来像を読み取ることはできそうもない。でもこういう一種の暴露本が新書として販売される時代なのだ。

橋爪大三郎『戦争の社会学 はじめての軍事・戦争入門』(光文社新書)著者は著名な社会学者で、ルーテル教会の信徒。かつてNCAの講演会にお呼びして私もお会いしたことがある。戦後のこの国の平和主義はアメリカ軍の核の傘に護られた一国平和主義に過ぎないことを痛烈に批判する。古代や聖書の時代の戦争論から始まり、中世を経て近代のナポレオンによる軍事革命から、クラウゼヴィッツの戦争論、第二次世界大戦と核兵器、そして現在の対テロ戦争の実態から未来の戦争の形態の予測まで、私たちが知らないで済ませて来た軍事史を分かりやすく解説してくれる。1980年代に活躍した小室直樹という特異な評論家の議論を髣髴させる。(戒能信生)

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