2016年7月8日金曜日

牧師の日記から(66
7月3日(日)主日礼拝、エフェソ書2・1-10の講解説教。儀礼的・抽象的な表現の裏に、私たちが「神の作品として造られ」、善き業のために用いられるという驚くべきメッセージが隠されている。礼拝後、定例長老会。来年は千代田教会創立70年で、どのような記念行事を計画するかを話し合う。関係教職を招いての記念礼拝と愛餐会、そして近隣の人々に呼びかける音楽会などはどうだろうかというアイデアが提案された。
4日(月)午後からボイストレーニングに参加。その後、学生時代以来40数年ぶりの古い友人と会う。キリスト教文学を専攻する研究者で、最近までフェリス女子大の学長を務めていた宮坂覚さん。積もる話が尽きず、来週また会って一緒に飲もうということになった。夜は西片町教会に回り、北支区常任委員会に出席。牧師のサヴァティカル休暇制度について協議。
5日(火)朝から準備をして、夜は信濃町教会で行われた『カール・バルトの教会論』の読書会で発題。特に、『和解論』第三部の教会論から「世のためにある教会」理解を改めて学ばされた。この日は18名の参加。
6日(水)午前中、聖書を学ぶ会と祈祷会。創世記49章を取り上げる。ヤコブはその死を前にして、12人の息子たち(12部族)への預言と祝福を語る。これが、祝福あり呪いありで、何とも解釈の難しい個所だ。来週50章を取り上げ、これで約1年かけて創世記を読み終わり、次は出エジプト記の学びへと続く。午後、いつも礼拝に出席されている東博昭さんが訪ねて来て、洗礼を受けたいと申し出られた。来週から受洗準備会を始めることとする。
7日(木)朝早く長野新幹線で軽井沢へ。興望館沓掛学荘の職員礼拝で奨励。養護施設は、24時間勤務の生活寮でもあるので、職員たちの燃え尽き症候群が深刻である。その職員たちを聖書を通して励まし支えるための奉仕。午後、追分の保志治子さんを訪ねる。治子さんが時折出席している追分教会まで一緒に散歩をし、旧知の稲垣壬午牧師を訪問。なんと壬午牧師の少年時代、松野俊一先生がその家庭教師であったとか。その後も治子さんと時間を忘れて、信仰のことや神学理解、さらに老いの問題について話し込む。夕方帰宅して、明日の授業の準備。
8日(金)午前中は農村伝道神学校の授業。この日は鈴木正久牧師の生涯について取り上げる。その激しい闘いの生涯から学ぶことはたくさんある。
9日(土)午前中、北支区教育部の委員が千代田教会に集まり、来週の一泊サマーキャンプの準備会。千代田教会CSからは3名の参加で、全部で16名の参加とのこと。共同制作をしたり、食事造りを一緒にしたり、近くの銭湯に行き、庭で花火をしたりと盛りだくさんの計画。聖書神学校の神学生たちが何人も協力してくれる。さてどんなことになりますやら。(戒能信生)


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