2018年1月14日日曜日


2018年1月21日 午前10時30分

降誕節第4主日礼拝(No41

      司式 橋本  茂   

    奏  黙 想        奏楽 梅本 順子

招  詞  93-1-24

讃 美 歌  6 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編128・1~6 

讃 美 歌  454(1-4節)

聖書朗読  エレミヤ書1・4-10

      マタイ福音書7・21-29

祈  祷

讃 美 歌  454(5-7節)

説  教  「岩の上に建てられた家」

  戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  534

使徒信条  (9341A

献  金             竹森 静子        

報  告

頌  栄  90

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・橋本悠久子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、オリーブの会「医療の視点から見るホームレス支援」萩原 奏さん(軽食付き)なるべく多くの方がご参加ください。

2018年1月13日土曜日


牧師の日記から(144

17日(日)主日礼拝。申命記11812から「年の初めから年の終わりまで」と題して説教。荒れ野の40年にわたる放浪の旅を経て、モーセに導かれたイスラエルは約束の地を目前にしている。これから入っていく約束の地は、「エジプトの地とは異なり、自分の足で水をやる必要はない。山も谷もあり、天から降る雨で潤されている」と約束されている。すなわちエジプトのようにナイル川の水を灌漑し、足踏み水車で水を汲む必要はないというのだ。しかしそれは、約束の地が平坦な緑野ではなく、ただ雨水に頼る他にない貧しい土地だという意味でもある。「主が年の初めから年の終わりまで、常に目を注いでおられる」ことに信頼する以外にないということだ。それはそのまま、現在の私たちの行くべき道を指し示しているのではないだろうか。礼拝後、定例長老会。

8日(月)冷たい雨の休日。世間では成人の日の晴れ着が貸衣装業者の倒産で着られなくなったと騒いでいる。そんなものは着なくてもいいじゃないかとテレビの前で呟くと、楽しみにしている人もいるのよと直子さんに叱られる。直子さんの成人の日にはどうしたのかと聞くと、祖父母から贈られた振袖を着て写真だけ撮ったとのこと。私の育った家庭では晴れ着など着る習慣はなかった。単に経済的に余裕がなかったからだが、奇妙な習慣ではあると思った。

9日(火)年末からお正月にかけて、のんびりする日が多かった。特にどこにも出かけずひたすら本を読む毎日だったが、そろそろ仕事に手を付けなければならない。原稿や講演の仕事が山積みになっている。夜は北支区常任委員会。3月の支区総会に提案する牧師のサバティカル制度の大筋がまとまった。牧師の休暇や研修のための支援制度で、先ずは資金造成から始めることになりそうだ。

10日(水)午前中は聖書を学ぶ会で、申命記2627章を取り上げる。最古の信仰告白とされる266節は、「わたしの先祖は、滅びゆく一アラム人であり、わずかな人を伴ってエジプトに下り、そこに寄留しました」から始まる。つまり自らの出自についての徹底した謙遜から始まり、それが主なる神によって「宝の民」とされたことへの感謝へと続く。午後、四ツ谷の喫茶店で二人の編集者と打ち合わせ。2月にNCAのプログラム「編集者に聞く」の三回目が予定されており、今回はいのちのことば社の根田祥一さんに、CJCの郡山千里さんが聞く形をとる。福音派の本音がどこまで聞けるのか、今から楽しみではある。

11日(木)午前中、書斎のストーブのための灯油を買いに行くと、18ℓで1,700円もする。今までで最も高いのではないか。これも円安誘導政策の結果なのだろうか。午後、NCAの事務所で打ち合わせ。夜は東京バプテスト神学校の授業。

12日(金)午前中、キリスト教会館の管理組合委員会。3月の予算総会の準備について話し合う。災害に備えて水や食料の備蓄の提案をすることになるが、トイレの凝固剤も必要とのこと。それが食料よりも高価なのだ。食料よりも排泄の問題が深刻だという事実を改めて突きつけられる。(戒能信生)

2018年1月7日日曜日


2018年1月14日 午前10時30分

降誕節第3主日礼拝(No40

      司式 石井 房恵   

    奏  黙 想        奏楽 釜坂由里子

招  詞  93-1-24

讃 美 歌  6 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編127・1~5 

讃 美 歌  274(1-4節)

聖書朗読  申命記6・4-15

      マタイ福音書7・13-20

祈  祷

讃 美 歌  274(5-8節)

説  教  「狭い門から入りなさい」

  戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  404

使徒信条  (9341A

献  金             高岸 泰子        

報  告

頌  栄  90

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校 お話し・野口洋子、奏楽・戒能直子

・礼拝後、お茶の会

・婦人会例会 聖書研究(創世記28-324)担当・橋本悠久子

2018年1月6日土曜日


牧師の日記から(143)「最近読んだ本の紹介」

フェルディナント・フォン・シーラッハ『コリーニ事件』(創元社推理文庫)新任弁護士の主人公が初めて引き受けた国選弁護事件は、自分が少年時代に世話になった財閥の総帥が殺害された事件だった。イタリアからの移民労働者の犯行で、犯人は犯行の事実を認めたものの、動機については頑強に供述を拒否する。やがて主人公の執拗な調査によって、加害者・被害者の過去が明らかになる。第二次世界大戦末期、イタリアでパルチザンによるテロ活動への報復として数十人を処刑した責任者が被害者であり、殺されたパルチザンの息子が犯人だったのだ。残酷な殺人事件は、こうしてナチスの戦争責任を問う法廷劇へと一変する。しかし戦争犯罪への追及を続けてきた戦後のドイツで、その財閥の総帥の罪がこれまで問われなかったのは何故か。そこに1968年に成立した小さな法律の存在があった。命令を受けて執行した者は、幇助者として時効の対象になる、と。その結果、その財閥の総帥は刑事訴追を免れたのだった。つまりドイツの法律では、ヒトラーやヒムラーのように命令した者の責任は問えるが、それに従った者の責任は法律的に問えないというのだ。犯人は、法的に責任追及が出来ないと知って、自ら報復したのだった。しかし「死者は復讐を望まない、望むのは生者だけだ」という言葉を残して犯人は獄中で自殺し、法廷は突然終結を告げる。読む者は改めて戦争責任を問うことの意味を考えさせられる。著者のシーラッハ自身著名な法律家で、これまでも独特なテイストの法廷小説を書いて来たが、ナチスの戦争責任には触れて来なかった。実はシーラッハの祖父は、ナチスの青年指導者として知られる有名な政治家で、戦後その責任を問われ20年の禁固刑を受けている。そのような出自を受けた著者自身が初めてナチスの戦争責任を問うこの短編を書いたことの重さを考えさせられた。

松本猛『いわさきちひろ 子どもへの愛に生きて』(講談社)童画家いわさきちひろの絵は何度も見てきた。そしてその夫が日本共産党の代議士松本善明であることも知っていた。この夫婦の取り合わせを以前から不思議に思っていたので、長男が書いたこの伝記を読んだ。二人の愛情と真摯な生き方から感銘を受けた。

下斗米伸夫『神と革命 ロシア革命の知られざる真実』(筑摩選書)ロシア革命から100年が経過し、その歴史的な背景がようやく研究対象になってきたようだ。著者はロシア政治史の研究者だが、ロシア正教会から異端として迫害された古儀式派と呼ばれる存在が、革命とソビエト誕生の背景にあったという仮説を展開している。ロシア正教会はロシア皇帝と結びついていたが、その異端とされる古儀式派は反権力・反国家の意識を保持しつつ生き延び、19世紀初頭ロシア産業界に隠然たる勢力を持っていたという。そしてボルシェビキ革命の際、それを支援しサポートした事実が明らかにされる。事実レーニンの周辺には、カリーニン、モロトフ、マレンコフ、ブルガーニン、モロトフなど古儀式派の子息たちが数多く存在した。宗教と政治の関係を新しい視点から問うている。(戒能信生)

2017年12月31日日曜日


018年1月7日 午前10時30分

降誕節第2主日礼拝(No39

      司式 常盤 陽子   

    奏  黙 想        奏楽 

招  詞  93-1-24

讃 美 歌  6 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編126・1~6 

讃 美 歌  278

聖書朗読  申命記11・8-12

祈  祷

讃 美 歌  367

説  教  「年の初めから年の終わりまで」

  戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  368

使徒信条  (9341A

献  金  対外献金「北海教区新得教会牧師館建築のために」    鈴木志津恵        

報  告

頌  栄  90

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校(冬休み)

・礼拝後、お茶の会

・定例長老会

2017年12月30日土曜日


牧師の日記から(142)「最近読んだ本の紹介」

福間良明『働く青年と教養の戦後史 「人生雑誌」と読者のゆくえ』(筑摩選書)1950年代から60年代にかけて、勤労青年を対象とした『葦』『人生手帳』『青春の手帳』といったいくつもの人生記録雑誌が刊行されていたという。中学を卒業しただけで集団就職しなければならなかった若者たちが主な読者で、知的な関心や真実な生き方を求める啓蒙雑誌だった。最盛期には、当時の総合雑誌『中央公論』や『世界』と比べて勝るとも劣らないほどの部数(12万部)が発行されていた。その発行や編集を担った人々に『ああ野麦峠』の著者として知られる山本茂實や東京大空襲を記録する会の早乙女勝元たちがいた。編集者たちもまた貧しさ故に高等教育を受けられたなかった人々だったのだ。これらの人生雑誌には、特に読者からの投稿が大きな比重を占めており、そこには貧しさ故に高校へ進学できなかった鬱屈や、厳しい労働環境の中でも知的な関心を失わず真実な生き方を求める若者たちの心情が綴られている。そして各地に読者たちによるサークル「葦会」「緑の会」が結成され、その全国大会も開かれたという。しかし一時隆盛を誇ったこれらの人生雑誌も、60年代以降の高度経済成長と高校進学率の急増に伴って次第に部数が減少し、70年代に入ると終焉を迎える。これらの人生雑誌には戦後のある時期の若者たちの心情が確実に反映されていたという。この人生雑誌が盛んに読まれていた当時、多くの若者たちが教会に群れ集まっていた。特に地方の教会の青年会活動とそれは確実に共通する部分がある。向学心に溢れ、読書熱に燃え、享楽的な誘惑に抗しながら、真実な生き方を求める若者たちの姿を思い出す。また人生雑誌を発行していた各出版社は、その後「健康雑誌」や実利的な成功のノウハウを謳った『BIG tomorrow』へと転身していく。そこに1980年以降の出版界の変遷を見ることもできるだろう。それは同時にこの国の若者像をめぐる変容でもある。そして教会に若者たちが集まらなくなっていく。戦後の大衆教養主義の没落を人生雑誌から分析した本書は、その意味で宣教論的な問いをも突きつけている。

高津孝『江戸の博物学 島津重豪と南西諸島の本草学』(平凡社ブックレット)1784年、北京の清朝御用達の薬種商同仁堂を、二人の琉球人が訪れ、大型の彩色植物図50図を差し出して鑑定を求めた。これは薩摩藩主・島津重豪が作成させた植物図絵で、中国の本草学との対比を問い合わせたものだった。鎖国政策で外国との往来が許されない中で、清国と交易のあった琉球国(薩摩藩が実効支配していた)を通して鑑定を求めたのだった。この出来事の紹介を導入として、江戸期島津藩の博物学に対する関心と収集の成果が紹介されている。島津重豪(斉彬の祖父、徳川将軍家斉の岳父)は長崎のオランダ商館に出入りし、シーボルトとも交流があったという。明治維新を担った薩摩藩の知られざる文化的背景を垣間見る思いで読まされた。(戒能信生)

2017年12月24日日曜日


017年12月31日 午前10時30分

降誕節第一主日礼拝(No38

      司式 鈴木志津恵   

    奏  黙 想        奏楽 内山 央絵

招  詞  93-1-46

讃 美 歌  6 

主の祈り  (93-5A) 

交読詩篇  詩編125・1~5 

讃 美 歌  251

聖書朗読  イザヤ書47・7-9

      ルカ福音書2・8-21

祈  祷

讃 美 歌  252

説  教  「思いめぐらすマリア」

  戒能 信生牧師

祈  祷

讃 美 歌  262

使徒信条  (9341A

献  金             岡崎 大祐

報  告

頌  栄  92

派遣・祝福

後  奏         

 

【本日の集会】

・教会学校(冬休み)

・礼拝後、お茶の会

・週報等発送作業